中村芝翫 (7代目) (Shikan NAKAMURA (the seventh))

七代目 中村 芝翫(しちだいめ なかむら しかん、1928年(昭和3年)3月11日 -)は、歌舞伎役者。

人物

本名は中村 榮次郎(なかむら えいじろう)。
旧名は中村 眞喜雄(なかむら まきお)。

俳名は梅莟、屋号は成駒屋、定紋は祇園守、替紋は裏梅。
紫綬褒章受章、日本芸術院会員、重要無形文化財保持者(人間国宝)。

2008年日本俳優協会会長。

早生した中村福助 (5代目)の子。
父の死後、祖父中村歌右衛門 (5代目)の身内となり、四代目中村児太郎の名で1933年(昭和8年)11月歌舞伎座『桐一葉』に初舞台を踏む。

祖父の死後は、尾上菊五郎 (6代目)に師事、1941年(昭和16年)10月歌舞伎座で『戻駕』『仮名手本忠臣蔵・九段目』で七代目中村福助を襲名。

戦後は、中堅の女形として活躍。
1959年(昭和34年)毎日演劇賞・大阪芸術祭奨励賞受賞。
1963年(昭和38年)芸術祭奨励賞を受章。
1967年(昭和42年)4月『野崎村』お光・『助六由縁江戸櫻』揚巻で、七代目中村芝翫襲名。
以降は数々の受章を受け、中村歌右衛門 (6代目)、尾上梅幸 (7代目)に次ぐ女形として活躍。
両優の没後は、中村雀右衛門 (4代目)、坂田藤十郎 (4代目)とともに歌舞伎界の女形の大御所として多くの舞台に出ている。

面長の顎のしゃくれた古風な容貌で気品のある芸風。
『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子、『本朝廿四孝・十種香』の濡衣・八重垣姫、『一條大蔵譚』の常盤御前、『鎌倉三代記・絹川村閑居』の時姫、『祇園祭礼信仰記・金閣寺』の雪姫、『刺青奇遇』のお仲、『一本刀土俵入』のお蔦などが評価が高い。
また立役もよくし『勧進帳』の源義経・『一谷嫩軍記・敦盛』の平敦盛などが当り役。

受賞歴

1989年(平成元年) 紫綬褒章、日本芸術院会員

1993年(平成5年) 眞山青果大賞

1996年(平成8年) 重要無形文化財保持者

2006年(平成18年) 文化功労者

逸話
大向こうの掛け声は屋号の「成駒屋」のほかに、自宅が東京都港区神谷町にあることから「神谷町」とかかることもある。

家族にも恵まれた。
長男に中村福助 (9代目)、次男に中村橋之助 (3代目)がおり、次女・好江の夫が中村勘三郎 (18代目)である。
また、長女・光江は家の芸である舞踊・中村流の芸を継いでいる。
舞踊家として雀成会の舞台などで活躍している。

趣味は競馬。
歌舞伎雑誌『演劇界 (雑誌)』2007年1月号でのインタビューでは、自らの競馬歴は長く、幼少時に父・五代目福助に連れられて根岸競馬場に行ったのが最初だと語った。
特に印象に残ったレースはトキノミノルの東京優駿制覇(1951年)だったと語っている。

[English Translation]